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【セルジオ越後】 長谷部を高く評価/アジア杯予選

企画特集




鹿野芳博/編集局写真部

「プロレスおもしろ写真館」
「プロレスおもしろ写真館」

 1993年(平5)、新人だった私の業務日誌にこういうくだりがある。

「撮って書けるカメラマンになりたい」。

 かれこれ15年前、私はカメラマンになりたく、日刊スポーツ新聞社を受験した。約9割の学生が文章を書く記者志望という話も聞いていたが、私は子供のころからカメラが好きで、特にカメラの専門学校や日芸(日本大学芸術学部)を出たわけではないが、なんとかカメラマンになりたかった。就職活動は新聞社、テレビ局など10社以上受験しまくり、なんとか日刊スポーツに内定をもらった。希望はなかなかかなわないと言われたが、写真部に配属され、現在も毎日現場に出ている。

 話しを戻すが、業務日誌に「写真を撮って、原稿も書く」とは書いたものの、写真は失敗の連続で、原稿を書く機会なんてもちろん皆無だった。写真部では写真の説明は撮影者が短い文章にするが、原稿と呼べる長さの文章はなかなか書かない。今思えば、よくそんなことを書けたものだと思う。

「EYEして大輔」
「EYEして大輔」

 そんな状況で、1年目の途中からバトル(プロレス、ボクシング)担当となった。新日本プロレスは現役のアントニオ猪木が引退を表明し、全日本プロレスは四天王が頭角を現し、FMWは大仁田厚がカリスマ的人気を博していたそんな時代だった。新人ながら毎日どこかのプロレス団体に行き、リングサイドで撮影した。当時は締め切りのため、午後10時までにカラー写真を1枚出稿しなければならなかった。地方大会であればフィルムを自分で現像しなければならなく、午後9時すぎには現場から離れ、体育館近くにとったホテルに走った。部屋のバスルームを仮設暗室にし、自分で作った現像液とタンクで現像した。(現像は約15分でできるようになった)。そしてネガ伝送機を使って東京本社に写真を伝送した。現在はデジタルカメラで撮影、パソコンで写真を送信しているが、今では考えられないくらいレトロな事をやっていたと感心する。

「ニッポン写写写」
「ニッポン写写写」

 で、話しを再度戻すが、新聞に掲載されない写真があまりにも多く、私自身むなしさを覚え、年末、部長にお願いしてボツ写真の中から「プロレスおもしろ写真館」というコラム的なコーナーをやらせてもらった。これが入社して初めて「撮って書いた」といえるものだった。恥ずかしながら全5回だった。

 それから月日は流れ、入社6年目の99年春、「EYEして大輔」という写真連載を受け持った。西武に入団した松坂大輔を高知・春野キャンプでひたすら追いかけ、その日感じたことを1枚の写真にし、20~30行の原稿をつけるものだった。正直、かなりプレッシャーのかかる仕事だった。大輔フィーバーで松坂に近づくのも難しく、また、球団広報や関係者のガードも固く、松坂と話す事すらままならなかった。それでも、なんとか22回も連載できたのは松坂が本物の怪物だったからで、被写体として飽きる事のない逸材だった。

 その後、同じ99年の冬、競馬「有馬記念」の調教で写真連載をしたり、野球面の「WE LOVE BASEBALL」や芸能面の「日曜日のヒーロー」など、単発もので「書く」ことは続いた。

「見た聞いた思った」
「見た聞いた思った」

 そして、05年から1年間、「見た、聞いた、思った」という長期コラムを担当した。このコラムは写真はなくてもよいが約100行もあり、10日に1度順番が回ってきた。テーマは取材を通して感じたものでも、休日に体験した事でも何でもよかった。ただ、やってみると非常に大変で、毎日ネタ探しの連続だった。写真撮影という日常の業務に支障をきたすほど、頭の中はコラムの事でいっぱいだった。

 以上、カメラマンとして、「こんなすごい写真を撮った」とか、「世界中のどこに行った」とか、なんかそんな話はしたくないと思い、「撮って書いた」ものを挙げてみました。みなさんも1眼レフカメラ片手に現場に向かってみませんか?

◆鹿野芳博(かの・よしひろ)93年入社・写真部、40歳。野球、サッカーを中心に五輪取材(00年夏シドニー、02年冬ソルトレーク、04年夏アテネ)、サッカーW杯取材(98年フランス、02年日韓)、米大リーグ取材(95年野茂英雄初勝利を取材し、14年間で全30球団の本拠地を訪れる)を経験。

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鹿野のタイムスケジュール

10:00 AM起床
11:00 AM自宅を出発
12:00 AM築地の東京本社に到着
カメラの準備
1:00 PM日曜日のヒーロー「舟木一夫」取材(赤坂のホテル)へ会社から社有車で出発
赤坂のホテルに到着
2:00 PM日曜日のヒーロー「舟木一夫」取材スタート
3:00 PM日曜日のヒーロー取材が終わり、社有車で鹿島対川崎F戦が行われるカシマスタジアムへ移動
4:00 PM 
5:00 PMカシマスタジアムへ到着
カメラの準備、記者と打ち合わせ
6:00 PM鹿島対川崎F戦始まる
写真を撮りながら、その場で同時に写真出稿を続ける
7:00 PM 
8:00 PM鹿島対川崎F 1対1の引き分けで終了
プレスルームに戻り写真出稿を続ける
9:00 PM写真出稿を終えデスクから了解を得て東京本社へ社有車で戻る
10:00 PM 
11:00 PM東京本社到着
再度、出稿した写真を確認し退社
12:00 PM帰宅


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